千影のすすめ
いや、ホントはすすめませんけどね。俺のものだから。


 千影というキャラははじめ、茫洋とした根暗キャラ、という、源流を辿れば綾波レイの傍系亜流に属する一類型と思われた。オカルト好きという味つけも今となってはありがちといえばありがちで、効果的な設定とは言い難く、実際に成功した例もほとんど見受けられないように思われる。私が気に入ったのはひとえに、「兄くん」という呼び方の異常さが別の意味でツボにハマったのと、ヘアスタイルおよび服装がほぼ完璧に趣味に合っていたというデザイン上の理由からだった。

 まず、原作におけるキャラクター紹介から検証してみよう。

 クールでミステリアスな千影ちゃんは、オカルトや魔術が好きな女の子。何を考えているのかわからないことが多いけど、それでもお兄ちゃんのことは好きみたい(?)
 「好きみたい(?)」とはなかなか奮った表現だが、まさしく言い得て妙である。他の妹が過剰なまでに「お兄ちゃん大好き!」なのに対し、ピテカントロプスに似ているだの何だのと、全く何を考えているのかわからないのが千影
 一方、メディアワークス公式サイトなどに使われている紹介文は以下の通り。
 クールでミステリアスな妹、千影ちゃん。彼女のお兄ちゃんをやっていくのは、とても大変そうだけど、いじり倒される覚悟でのぞもう!
 「とても大変そう」、「いじり倒される」という部分はやや唐突で、ギャルゲーのお約束に通じていないと理解しづらい文脈であり、あまり良い紹介文とはいえない。これはイロモノキャラの一大メインストリーム(矛盾した形容だが)、「常軌を逸した趣味を持ち、主人公をその実験台にする」というステロタイプの一つである。すでに「ミステリアス少女」という一ジャンルを築いているといってよいが、『ときメモ』でいう紐緒さんなどがそのわかりやすい例、というか元祖かもしれない。その性質上、このタイプは大抵がマッドサイエンティストオカルティストのどちらかになるが、シスプリにおける前者・鈴凛金をせびるのがキャラ立ちになっているため不適格であり、後者である千影が担当することになったと思われる。…というか、原作(公野櫻子による)にそれらしい記述はほとんどないのだが、オカルト好きという時点で勝手にこの属性が付加されてしまった形跡があり、やや軽薄で不満。しかし、ファンによる二次創作小説など(読むなよ)は多くがこの「主人公が魔術の実験台にされる」パターンを採用しており、これが一般的な千影のイメージを形成しているとみて間違いないだろう。

 次に千影口調。単なる男言葉とはまた異質な、タメ口かつ文章語のような口調で話す。「やあ、兄くん」に始まり、「ん、顔に死相が出てるじゃないか……。ふむ、私もはじめて見たよ……。美しいな。」ってオイ。この死相ネタはいろんなとこに引用されてるな…。
 そもそも「兄くん」という呼び方。他では聞いたこともない千影オリジナルのフレーズだが、「くん」とは、言うまでもなく同輩または目下の者に対する敬称である。あくまで兄と対等というスタイルは徹底しており、千影に対するリアクションはどうしても、妹に頭が上がらない兄というイメージになる。そこがイイんだけどね。

 では、次に各メディアを見ていきます。

原作

 猫のミイラとか精霊達とかピテカントロプスとか、原作(G's)ではそんな話題ばっかり千影だが、唯一、私が注目したのは次の箇所である。
 「お兄ちゃんの日」のデートで、晴れ着を着た千影湯呑みを手に、座って赤い顔をしている絵。おそらくは初詣で、お屠蘇を飲んで酔っ払ってしまったというシチュエーションだと思われるが、問題なのはそのセリフ(一部)である。
…………兄くんがなにか術を使っているみたいだ…………。 今日は着物だからって…………魔除けのクロスを置いてきて しまったのは…………失敗だったな。…………兄くんがこんな スゴイ術の使い手だったなんて…………知らなかったよ…………。
 どうも自分がヘロヘロになっているのは兄くんの術にかかったせいだと思っているらしい。一体、兄をなんだと思っているのだろうか。これではまるで女の子に酒を飲ませ酔い潰してどうにかしようとしている男のようだ。少なくとも千影の主観では、兄妹の間に常にそんな男女の緊張関係が成立しているのである。だからなかなか隙を見せないんですね。防衛手段魔除けというのも何だけど。

ゲーム

 以下ネタバレ。
 全てのエンディングに共通して、千影は実は魔界の住人で、しかも魔界の王の娘だったというオチ。なんだこりゃ。もちろん原作にこんな話は一切ないし、世界観もいい加減だし、前世の話とも矛盾してるし。勘弁してくれよ、もう…。
 ただ、このシナリオには意外なところに魅力がある。
 他の妹の非血縁エンドは全て、実は血がつながってなかったことが明らかになってメデタシめでたし、となるのに対し、千影の場合は血縁関係が曖昧なままエンディングに突入。千影は「私たちは兄妹なんかじゃないんだ」とか言ってたりするが、それはあくまで前世ないしは魂レベルでの話であって、もと魔界の住人だろうがなんだろうが、現世ではあくまで実の兄妹のはず。その証拠に、血縁エンドでも千影が魔界出身である設定は変わらない。よって、これは血縁を否定する根拠にはならない。あるいは『幽遊白書』でいうところの「魔族大隔世」みたいな感じだろうか。何を書いているんだ私は。そもそもシナリオ自体がいい加減なので真面目に解釈してみてもしかたないのだが、とにかく血縁を否定する根拠が成り立ってないという部分が大事
 というわけで、兄妹という関係がうやむやのまま、主人公も「千影は好きだけど…」とか言っちゃうし、なし崩し的にエンディングに突入していく雰囲気が非常に妖しくてイイのだ。
 一方、血縁エンドは血縁エンドで、非血縁に劣らずラブラブでイイ。少し長いが引用。
兄くんを追って…………この世界に生まれてきたはずなのに………… 現世では兄妹に生まれてしまった…………だから…………一生結ばれることは …………できない…………。でも…………それでも…………兄くんの………… そばにいることは…………できるよ…………。
ってそりゃマズイんじゃないでしょうか。むしろこっちの方がよりインモラルでイイかも。

キャラクターコレクション H千影

 なんといっても白眉はコレ!これを読まずして千影を語る資格無し、と私は断言する。
 キャラクターコレクションでは、各妹のモノローグによるイラストノベルが約80ページにわたって展開される。さすがに全編、千影の一人称とあっては、どんなにか読むに堪えない、痛々しいシロモノであろうかと覚悟を決めて読み始めたところが、意外にも特に難読とも感じずに読了できてしまった。読んだ私がどうかしているのでなければ、著者の筆力ひとかたならず、というべきところである。ホントかよ。
 他の妹の場合、キャラコレもG'sの連載と似たり寄ったりの内容だと思うのだが、千影だけは違う。全く違う。

 まず、キューピッドを目撃した千影が(当然のごとく、こんな不思議体験目白押しである)、その矢で兄くんと自分を射させようと画策する話。

…………言えるわけないじゃないか…………兄くんにキューピッドの矢が当たるのを 待っている…………なんて…………。
 こんな千影はじめてだ。本当はこんなに兄くんラブラブだったのである。惜しむらくはそれが普段の言動に全く表れないことか。

 次、小人の王様(?)を助けた幼い頃の千影が、3つの願いを叶えようと言われて即答した言葉。

3つもいらなくて…………1つでいいから、あにくんをちかのものにしてください!
 まず一人称が「ちか」。正直、やられた!!と思いました。たまらん。でも兄くんは「あにくん」なのね…。ちなみに幼い千影はゲームにも登場するが、自分の事は「千影」って言ってたなぁ。惜しい。声も高くて千影っぽくなかったし。まあ3、4歳くらいの頃からあの低い声で「やあ………兄くん」とか言ってたらそれはそれでイヤだが。それにしてもこの頃の千影は人には見えない物が見えちゃうだけで性格は明るい。オリジナルストーリーに登場した、もう少し大きくなった千影見事に暗い性格になってたが、この間に何があったのだろうか。閑話休題、あにくんを「ちかのものに」、という表現に見て取れる、旺盛な所有欲独占欲の発露が末恐ろしくてイイ。

 そして決定的なのが、千影が白昼夢に垣間見る前世の話。
 どうやら中世ヨーロッパの貴族階級らしい前世の千影は、騎士である実の兄(もちろん前世の兄くん)にし、あるとき思いあまってその気持ちを打ち明けてしまう(書いてて恥ずかしい)。

すると驚いたことに兄くんも…………そんな私を優しく………… 受け止めてくれたんだ。そして、そのまま幾日かが過ぎ………… 夢の中の兄くんと私はついに………誰にも秘密に………結ばれた………。
 ホントにこう書いてある。「結ばれた」って、いったいどんな夢を見てるんだあ!?
 これを妄想と呼ぶのも電波と呼ぶのも勝手だし、あるいは全て真実と信じるのも自由。しかし、実の兄と恋仲であるという状況が、少なくとも千影の主観において既成事実であるのは確かなのだ。
 確認しよう。前世で恋人同士現世で兄妹、ではない。
前世で兄妹かつ恋人同士現世では兄妹かつ?という関係である。徹頭徹尾近親相姦である。実の兄妹かつ恋人というモチーフがこうもストレートに表現されてるのは千影だけ。たまらん
 千影の意識には常にこの記憶があって、現世の兄くんに接しているのだ。…どう?

電撃G'sマガジン2001年7月号表紙

 とにかくエロい。
どうしても見たい人のためにちょっとだけ。これです。

ポケットストーリーズA 第4話『不思議の虹』

 夏休み、なぜか雛子四葉亞里亞そしてというよくわからない面子で海水浴に来ている千影。その理由は千影自ら次のように述懐しています。
今日のことは…………兄くんが必死な顔で誘うから………つい、頷いてしまったのだけれど…………
 コレです。必死な顔で千影を海に誘う兄の姿を想像すると大変微笑ましいものがあります。しかも意外と押しに弱い千影
 このように、他の妹に対しては常に完璧な兄を演じ続けなければならないようなところのある(というか妹の目にはそう映っている)のに対し、千影に対する時の兄くんは非常にけなげで好感が持てます。「ま、ま、ま……魔界!?」とか。

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